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オンディーヌの部屋

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06.26.07:20

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  • 06/26/07:20

07.06.16:45

批評-井上瑞貴氏のブログから 2

『水盤』5について井上瑞貴氏が御高評下さった。
http://freezing.blog62.fc2.com/blog-entry-612.html

「けなげな春」について
>作品を読もうとすると作者がそれを邪魔する。作品が作者に帰属しているためだ。
>まるでアマチュアみたいに。「言いたいことがあり、言いたいことを言うために詩を借りている」、それがアマチュアの定義だとするなら、森永かず子はアマチュアではない。けっして詩を隷属させるわけでもないし詩に隷属するわけでもない。それなのに詩は、まるで自己嫌悪のように作者に帰属させられている。まるで自己嫌悪のように作者は詩を手放さない。

たぶん…私は詩を書くために詩は書けないんじゃないか。
そういう書き方を私が詩ともいえないような何かを書き始めた、あの幼い頃から既にしてこなかったし、それではいけないよと教えてくれる人もいなかった。
私は私のためだけに書いてきた?
踊るのも、眺めるのも私。
でも私個人にのみ関わる、未処理のレアな言葉を作品に持ち込むことはなかったし、作品のなかに無防備な素肌の私は決してさらさない。
そうしたものはどこかで嫌悪している。
ひどいのは、嫉妬深い残酷な男のように、女を押し込めておきながら感心を全くもたず放置し、忘れる。
あるいは自らが生み出した子供であるのに、その我が子をどうしても愛せない母親のよう。

>しかし森永かず子は真を語ろうとしているわけではない。「真実こそが愛である」という命題への嫌悪が語られている。

どうして、わかるのだろう。
この作品は「嫌悪」、それが始まり。

>なぜ嫌悪があるのか。それを求めているからである。

もう、びっくりする。
ここまで脱がせるのはルール違反ではなかろうか!と、私は井上氏に抗議したい。
見ないふりしてくれてもいいじゃないか。

>彼女は自分にナルシシズムを許さない。その不許可を私はどうすることもできない(愛することしかできない)し、私の手を離れ、その「孤独の暗さ」へと作品は回収されてゆくしかない。

近頃、私は私にもう少し優しくあろうと言い聞かせてもいるのだけど。
でも確かにナルシズムに陥ってはいないか、詩を推敲しながら恐れているのはそこ。
支度を調え、鏡でチェックするストッキングの伝線、口紅のはみ出しのようにナルシズムは、チェックされてきた。
それが本当は弱点?
弱みも隙も見せてはいけない。ましてや作品が媚びたり、憐れみを受けるのは耐えられない恥辱?

ずっとずっと鳴り響いている。
その「孤独の暗さ」へと作品は回収されてゆくしかない
     その「孤独の暗さ」へと作品は回収されてゆくしかない
          その「孤独の暗さ」へと作品は回収されてゆくしかない
              その「孤独の暗さ」へと作品は回収されてゆくしかない

    その「孤独の暗さ」へと私は回収されてゆくしかない…

それにしても、井上さん、いじわるだ。


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